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東京高等裁判所 昭和31年(う)2486号 判決 1957年3月11日

控訴人 被告人 森田孝

弁護人 吉田太郎

検察官 渡辺衛

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣旨は末尾添附の弁護人吉田太郎の差し出した控訴趣意書記載のとおりである。

吉田弁護人の控訴趣意第一点の(一)の(A)、及び(二)について

よつて按ずるに原審が「被告人は大蔵大臣の定めた基準外国為替相場によらないで取得した本邦内にある対外支払手段であるアメリカ合衆国通貨合計二千ドルを所定期間内に外国為替公認銀行等の所定機関に売却しないで昭和二十八年七月一日頃右通貨二千ドルを携帯し、所定の通関手続を経ることなく、都内大田区羽田空港からエア・フランス航空会社の航空機に搭乗してスイスに向つて出発しもつて対外支払手段を輸出し」たとの事実を認定し、これに対し外国為替及び外国貿易管理法第二十一条第一号及び同法第四十五条等を適用し以上を併合罪として処断していることは所論の如くであるところ、論旨は本件におけるが如く各行為が一連の行為として行われた場合に買受ドル貨の不売却行為と右買受ドル貨の輸出行為とを各別に処罰するが如きは法律の予定しておらないところであつて、かくの如き場合においては買受ドル貨の輸出行為を罰することにより法律の目的は充分に達成することができるのであるから原審が右ドル貨の輸出行為のほかに買受ドル貨の不売却行為をも処罰しているのは法律の適用を誤つたものといわなければならないと主張するのであるが、外国為替及び外国貿易管理法第二十一条及び第四十五条はいずれも同法第一条に示されている外国貿易の正常な発展を図り、国際収支の均衡、通貨の安定及び外国資金の最も有効な利用を確保するために必要な外国為替、外国貿易及びその他の対外取引の管理を行い、もつて国民経済の復興と発展とに寄与せんがための方策たることにおいてはその目的、性質を同じくするものということができるであろうけれども、同法第二十一条第一号はわが国に獲得された外貨資金を政府の手に集中管理するがために外国為替公認銀行等に対する売却義務を定めたものであり、同法第四十五条は外貨資金の流出入の直接的及び間接的原因となる支払手段等の輸出入を禁止したものであつて自らその重点を異にし、したがつてまた取締の範囲を異にしており、且つそのいずれか一方が成立すれば他方は成立せず、若しくは一方は常に他方を吸収する関係にあるものとは到底認められない。したがつて原審が原判示買受ドル貨の不売却行為とこれが輸出行為とを併合罪の関係にある二個の犯罪行為として擬律していることは固より相当であり、また外国為替及び外国貿易管理法第七条第六号、第二十一条第一号、第四十五条、第三十条第三号、第二十二条第三号は夫々独自の重点、目的を有し、したがつてまた取締の範囲を異にしており、且つ以上の各所為が通常手段結果の関係にあるものとは認め難くその他法条競合あるいは法条吸収関係にあるものとは認められないから、原審が原判示第一乃至第四の各所為を夫々併合罪の関係にある独自の犯罪と認定していることもまた相当であると認められる。それゆえ論旨は採用できない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中村光三 判事 脇田忠 判事 鈴木重光)

吉田弁護人の控訴趣意

第一、原判決は法律の適用について重大なる誤を犯している。

(一) 原審判決は判示第二の犯罪事実を買受ドル貨の不売却行為と右買受ドル貨の輸出行為とに分けて各所為に対し夫々法令の適用をなし、各所為について懲役刑及び罰金刑を併科し更にこれが併合加重をなしているのであるが、右は明らかに重大なる法令の適用の誤りと謂うべきである。

(A)外国為替及び外国貿易管理法(以下為替等管理法と略称する)は、(1) 対外支払手段たるアメリカ合衆国通貨(以下ドル貨と略称する)を大蔵大臣が定めた基準外国為替相場を超えて買受ける行為、(2) 対外支払手段たるドル貨を所定期間内に外国為替公認銀行等の所定機関に売却しない行為、(3) 対外支払手段たるドル貨を輸出する行為、(4) 居住者と非居住者間の預金に関する契約に基く外貨債権について債権の発生等の当事者となること、(5) 当座預金により生ずる外貨債権を化体する書類を輸入する行為、(6)  (5) の外貨債権を所定期間内に外国為替公認銀行等の所定機関に対し取立を依頼し且つその取り立てた代り金を売却しない行為、を孰れも禁じ、これ等の違反行為を処罰する建前を執つているのであるが右は(1) 乃至(6) の各行為が夫々関連なく独立して行われた場合を予定しているのであつて、本件判示第一乃至第四の如く前記(1) 乃至(6) の各行為が一連の行為として行われた場合には、(1) と(3) と(6) を処罰する限り(2) (4) (5) の各行為は被害法益として保護する価値が存しないものと信ずる。例えば(2) と(3) の関係は(2) が手段でもなく(3) が結果でもなく而も(2) がなければ(3) は発生し得ない行為であるから、此の場合右の(2) の被害法益を保護するため(2) の行為を処罰することは為替等管理法の予定していないところと謂うべく、此の場合は(3) の行為の被害法益を保護し(3) の行為を処罰することによつて充分同法の目的を達し得るものと謂うべきである。同様のことは前記(4) と(5) と(6) との関係においても謂い得るところであつて、此の場合は(6) の行為の被害法益を保護し(6) の行為を処罰することによつて為替等管理法の目的は充分達成し得るのである。さればこそ原判決は判示第四の事実中において「右アメリカ合衆国通貨一、五〇〇弗を当座預金として預入してある同国法人住友銀行カリフオルニヤ支店発行の預金通帳を携帯して同年八月二十二日頃同国から都内大田区羽田空港着パン・アメリカン航空会社の航空機で本邦に帰国しながら」と摘示しながら、法令の適用においては判示第四の各所為に対し外国為替管理及び外国貿易管理法第二二条第三号を適用したのみで同法第四五条を適用しなかつた理由も亦茲に存するものと信ずるのである。然るに原判決は判示第二の事実摘示中「前項により取得した本邦内にある対外支払手段であるアメリカ合衆国通貨合計二、〇〇〇ドルを、所定期間内に、外国為替公認銀行等の所定機関に売却しないで」とある買受ドル貨の不売却行為に対し、右ドル貨の輸出行為の外に為替管理法第二一条を適用したことは明らかに法律の適用を誤つたものと謂わなければならない。

(二) 原審判決は判示第三において被告人が法定の除外事由がないのに「同年八月十七日頃アメリカ合衆国カリフオルニヤ州ロスアンゼルス市において非居住者である同国法人住友銀行カリフオルニヤ支店に対し、同国通貨一、五〇〇ドルを当座預金として預入し、もつて居住者と非居住者間の預金に関する契約に基く外貨債権について債権の発生等の当事者となつた」旨摘示し、右行為に対し為替等管理法第三〇条第三号を適用しているのであるが、右は(一)の(A)に述べた理由により法律の適用を誤つたものと謂うべきである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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